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2009年3月の14件の投稿

2009年3月31日 (火)

小旅行 【2】 カエル跳び

東京吉祥寺にある井の頭公園にも行った。

ここは、今、有名な『三鷹の森 ジブリ美術館』のあるところね。
一応、外からは見ておいた。


で、公園の中をぷらぷら歩いている時に、
ひとりのジャージを着たおっさんに出会った。

右手にゴミを取るはさみ。
左手にゴミ袋。
公園を拾って回っているらしい。

僕のすぐ近くに来て、煙草の吸殻をつまんでゴミ袋に入れた。


「えっ!うっちょーーん」

その顔には見覚えがある。
テレビで見たことあるって。

ジャージの背中にはこう書いてあった。

『ボクシングジム 輪島功一』


「あの世界チャンピオンだった輪島さんじゃないですか」

本当はそう言いたかったんだけど、
僕は、気が小さいので、どきまぎしていただけで、
声を掛けることもできなかった。


今、インターネットで調べてみたんだけど、
チャンピオンになったのが、1971年。
知っている人はあんまりいないのかなあ。
『カエル跳び』というのは、そのときの彼の代名詞。
僕は当時10歳だったということになるけど、
彼の活躍を僕は良く覚えている。

すっとしゃがんで消えたかと思わせて、
すかさずカエルのようにジャンプしてパンチを入れる。
だから、格好良かったんだって。

この公園からそう遠くない西荻窪にジムを構えている。

今でもテレビに出たりしてますよ。


ですが、なんでゴミ拾い?


彼はかなり幼少期に辛い目に合っている。
中学の時には養父母と一緒に夜、漁に出て魚を獲っていた。、
帰ってきてから学校に通うような生活を送っていたらしい。
だから、当然、学校では寝ていたわけ。

中学では、先輩にいじめられていた友だちを、
先輩をぶん殴って助け出したりという話もある。

中卒後は、土木関係の仕事とかを転々としていたらしい。
トラックの運転手をしたり。
それで、そうこうしているうちにボクシングと出会った。


以前の記事に書いたが、
辛い思いをした人、大変な思いをした人の中に、
その苦労を昇華できる人がいる、少ないけど。


だから、社会貢献というような意味もあって、
輪島さんはゴミを拾っているんじゃないかなあ。
調べてみて、改めて僕は彼のことが好きになった。

たいした人だ。


ゴミを拾う彼の周りには、
桜も咲いていないのに、昼間っから花見で酔っ払っている人たち。

ちょっとは見習え!って感じですね。

  今度から輪島大先生と呼ぼう!と思う・はげおやじ・より

2009年3月30日 (月)

小旅行 【1】 傷心の旅

僕にだって、いろいろ大変なことがある。

年度も押し迫っているというのに、
急に思いだって3連休をもらい、ふらふらと出掛けた。

施設の寮に住んでいるから、時々は脱出が必要だ。

子どものことで悩むんだったら、まだいいのだけれど、
たいてい、嫌な思いをするのは大人のこと、
人間関係は、だから面倒くさい。

旅行は思いのほか楽しかったよ。
僕の日頃の行いのおかげで、天気は良かったし。

あちこちの公園を回ったり、
友だちと飲んだり。
横浜、東京上野にそれぞれ一泊。
千葉を回ってフェリーで帰ってきた。

東京湾、一周旅行だね。


Photo

〔横浜 久良岐公園〕


Photo_6

〔横浜 大桟橋からベイブリッジ〕

(船は豪華客船 SILVER WISPER)
(8泊9日で220万円とか!?)


ひとりで?

まさか。

最愛の僕の恋人と一緒に。


Vino125

これは、お台場で撮った写真。
僕のVinoくん(125cc)。

・・・愛している。

それにしても、
公園は、
どこに行っても桜はたいして咲いていないのに、
宴会はすごい!!

おまえらは、桜を見にきたのか。


Photo_2

〔東京世田谷区 砧公園〕


Photo_5

〔東京 上野恩寵公園〕

まさかね、僕だって花見がしたい。
というのは、みんなでお酒を飲みたい!ってことだから。
別に桜は咲いてたって、咲いてなくたって、
あんまり関係ない、気持ちは分かる。

僕も一緒に飲みたかったけど、
何せ恋人が「飲むな!」って言うからさ。

・・・残念!!

飲酒運転で捕まったんじゃ、お話にならないからね。


Photo_3

〔千葉マリンタワー〕


Photo_4

〔千葉城〕


そんなこんなで、こんな時期に連休をもらって、
気分転換をしてきたというわけ。


  良かった!気分も晴れたことにする・はげおやじ・より

2009年3月27日 (金)

5分だけ、ひとり占め

昨日が当直だった。
だから、今朝の話。

小学2年生の男の子が、僕の寝ているところへやってきた。

「どうしたの?」

まだ誰も起きてこない。
起きているのは、まだ彼だけ。
ただ、もう少しでみんなを起こす時間。


「はげちゃんのふとんにはいってねよーっと!」

僕のふとんの中に入ってきた。
僕のとなりで丸まって寝ている、ただそれだけ。
じっとしたまま動かない。

「もう時間があんまりないよ」

(「5分だけいいか」)


ほら、今度は6歳の女の子も起きてきた。

「はげちゃん、おはよう」

この女の子は、ふとんを片付ける時に、
布団にはさんで運んであげた。

「やめてよー!たすけてーー!」


起床時間前のわずかなひととき。
たまたま目が覚めただけなんだろうけど、
子どもたちは、わずかな時間でも、職員を独占したい。

僕だから、っていうわけじゃないと思う。

もっと、ひとりひとりとゆっくり関わってあげたいんだけど。


「ごめんね、5分だけしか一緒に寝てあげられなくて」


  またもや仕事の限界を感じる・はげおやじ・より

2009年3月25日 (水)

子ども (以前の『通信』から)

 
       『子ども』

    作:ドロシー・ロー・ノルト

   批判ばかりされた 子どもは
   非難することを おぼえる
   殴られて大きくなった 子どもは
   力にたよることを おぼえる
   笑いものにされた 子どもは
   ものを言わずにいることを おぼえる
   皮肉にさらされた 子どもは
   鈍い良心の もちぬしとなる

   しかし、激励をうけた 子どもは
   自信を おぼえる
   寛容にであった 子どもは
   忍耐を おぼえる
   賞賛を受けた 子どもは
   評価することを おぼえる
   フェアプレーを経験した 子どもは
   公正を おぼえる
   友情を知る 子どもは
   親切を おぼえる
   安心を経験した 子どもは
   信頼を おぼえる
   可愛がられ 抱きしめられた 子どもは
   世界中の愛情を 感じとることを おぼえる


         ******
 

こんな詩を友人がメールで送ってくれた。
自分の子どもが通う保育園のトイレの壁に貼ってあったのだそうだ。


まず、考えた。

自分はどう育てられてこうなったのか。

自分がどんな人間なのかは判断するのが難しい。
どうしても、自分のことだから、ひいき目に見てしまうからね。
自分を客観的に見ることはできないとも思う。

ただ、どう育てられたのかはよく分からないけど、ほんと、親には感謝しないとね。
とりあえず、こんなに立派(?)に育ててくれてありがとう、って。


それから、考える。

僕らの施設の子どもたちに対する育て方はどうだ?
全く理想的に育ててないんじゃないか。
反省しなくちゃいけないことがまだまだたくさんあるんじゃないか。

改善すべき点はなんだ。


ただね、考え過ぎるのは良くない。
あんまり考え過ぎると、何が良くて何が悪いんだか分からなくなってしまうからね。
身動きが取れなくなってしまう。


施設の子どもと親を長い期間見てきて思う。

親から譲り受けたものと小さい時にどう育てられたか、ということはすごく大きくて、
どんなに後からどうにかしよう、って思っても、どうにもならないことって随分ある、ってこと。

悲しいけれどそう思う。
だから、僕らの仕事は虚しいとも。

でも、そんなことを言ってたんじゃ、やってられない。
随分っていうことは、若干でも何とかできる部分があるということ。
とりあえず、施設にいるうちにできることをやるしかない。
それが彼らのこれからに大きく影響を与えるにしろ、そうじゃないにしろ。
可能性を信じて。


いずれにしても、親の影響は大きい、想像以上に。
だから、施設の子どもだけじゃなくって、自分の子どものことも考えなくっちゃね。
こんな育て方で大丈夫か、って。

僕の息子と娘は、僕の子どもとして生まれてきて良かったのかなあ。
今度会ったら、聞いてみよう。
「良くなかった」って言われてもどうにもならないから、開き直ってもらうしかないけど。

僕が長崎の家を出て30年。
離れて生活してても、今でも、親の影響は受け続けていると思う。


  施設の子どもにも自分の子どもにも最善を尽くさねば!と思う・はげおやじ・より

2009年3月22日 (日)

親父のこと

突然、親父のことを思い出した。

もう20数年前に亡くなった。

親父は酒が好きだった。
・・・・僕はそれが嫌いだった。
飲んでは酔っ払い、同じ話を何度も繰り返した。

だから、僕は高校を卒業すると家を出た、大学という言い訳をつけて。


親父のことで思い出すのは、嫌なことも多いけれど、
決まって、小学生の時、一緒に山に登った時のこと。

酒を飲んでいない時にはとても良い親父だった。
子ども好きの良い親父だった。

親父は山に登ると山奥に入って行った。

「早く来い!」

よく知っている道のようで、どんどん先に進んで行った。

今思えば、丘のような山だから、山奥と言ってもたかが知れている。
でも、その時には、相当深い山奥に思えた。

そして、親父はするすると木に登り、木の上からたくさんの栗を落としてくれた。

「いがいがに気をつけろよ!」

親父はすごいなあ、そう思ったのを今でも覚えている。


大学の時もその後に福祉系の専門学校に行った時にも、
九州の実家にはほんとにたまにしか帰らなかった。
帰っても、親父と一緒に酒を飲むことなんかなかった。
相変わらず、親父はひとりで飲んでいた、ぶつぶつ言いながら。


僕は、その後、関東地方で結婚をした。

親父が、僕が結婚して数年経って一度遊びに出てきたことがある。

一緒に、東京タワーに行ったら、
柱の大きな鏡にぶつかって、鏡の自分に何度も何度も謝っていた。

「すいません、すいません」

僕は恥ずかしかったけど、かわいい親父だと思った。

その夜、一緒に酒を飲んだ。
とても楽しい酒だった。

親父は寂しかったんだな、ずっと。

その時のふざけた顔の親父の写真が残っている。
その数年後に親父は亡くなった、白血病で。


今だから思う、もっと一緒に飲めたらよかった。

親孝行なんて何にもしてない。

親父の気持ちも、今なら尚更よく分かる。
この歳になるまで分かってあげられなかったのが、今は悔しい。


僕も酒を飲む。
そして、飲んだくれる。

親父は白髪ではげてなかったけど、
皺の増えてきた僕の顔は親父に似ている。
だんだん似てきたような気がする。

親父のふざけた顔のあの時の写真が、今も笑っている。

「ありがとう」を言えなかった。
それが、心残り。


今頃、きっと天国で神様を相手に酒を飲んでいる。
そして、神様にからんで、こう言っているに違いない。

「なあ神様よう、息子や孫たちを幸せにしてやってくれよ」


  そんな親父の血が流れていることを、
           今は嬉しく思う・はげおやじ・より

2009年3月20日 (金)

大ぼけ野郎!! (以前の『通信』から)


この前の話。

昼休みを終え仕事に行こうと、
しばらく着ていなかったウィンドブレーカーを羽織りました。
ちょっと涼しい感じでしたのでね。

そして、ポケットに手を突っ込む。


「やばっ!!」


別に上着に穴が開いていたわけではありません。
破れていたわけでもありません。
ましてや、鮮やかな赤い口紅が付いていたわけでもありません。

あったんです、こんなところに、上着のポケットの中。

だから、職員の皆さんにはお詫びしました。

「ごめんなさい。ありました。許してください」


僕は、しばらく合鍵で生活していました。
そして、職員の皆さんにお願いしていました。

「僕の大事な鍵がなくなりました。どこかで見つけたら御一報下さい」

日頃仕事で使っているメールの一斉配信を使って。
まさか、それで探してくれた奇特な人はいないでしょうが。


さすがに、僕も自分で、誰もいない時を見計らって探していました。

恥ずかしくて人には言えませんが、
園庭を、辺りをキョロキョロしながらさりげなく探し回ったり。

這いつくばって事務室の机の下を探したり。

手を汚しながらゴミ箱をあさったり。

「誰だこら!お茶っ葉くらい紙に包んで捨てろよ」なんて一人で言いながら。

ああ、ほんと我ながら情けない。
あんなジャラジャラした鍵がそんなに簡単になくなるわけがないんです。

「ちきしょう、きっと日頃から俺に恨みを持つ奴の犯行に違いない。
拾った鍵を、近くの川に投げ込んだんだ。
絶対に犯人を探し出してやる!!俺は許さない」


だから、このところ暖かかったんです。

「上着は要らないな」

だから、しばらく着てなかったんです。

言い訳にもなりません。

上着のポケットなんて始めに探すべきでしょ。
そんなの当たり前です。


こんな僕を笑ってください。
こんな僕を馬鹿にしてください。
そして、こんな僕をぶってください。

それにしても、
こんな上司を持った施設の職員は、どうなんでしょう?


ほんと幸せだと、そのうちきっと実感することと思います。
親近感を持てて、安心するもの。

・・・・・記憶力減退。

「鍵はポケットに入れた」

  メモしとこう、いやそんなメモありえない、と思う・はげおやじ・より

2009年3月18日 (水)

卒業、就職する君へ

3月。

卒業式の季節。
旅立ちの時。

僕の働く施設から高校を卒業して就職する子どもがふたり。
毎年、こうやって子どもたちを送り出す。

ほんとはおめでたくないけど、一応おめでとう、だね。


  ******


卒業、そして就職、おめでとう!

君たちもこれで社会人の仲間入りだ。

嬉しいか。

これまで施設の中でちょっと窮屈な生活を送らせてきてごめんな。
でも、そのうちに気づくだろう、君たちがどれだけ守られてきたか。
自分で経験しないと、人は何も理解できないからね。

『自由』というのは、『好き勝手』とは全く違う。

君たちは今から自由を手にするが、何でも思うようにできるということとは違う。
そうでないと言うなら、自分の思い通りにしてみればいい。
即刻、会社はクビ!というところだろう。

どこにだってルールがある。
施設には施設の、会社には会社の、家庭には家庭の、社会には社会の。
それを守って、はじめて人は生きていける。

君の友だちの家庭は、そのルールが甘かったようだね。
だから、君はきっと勘違いした。
「なんで僕らだけこんな窮屈な生活を送らなければいけないんだ!」

でも、本当は違う。

人は親元を離れて、自立していかなければいけない。
動物だって同じこと。
ライオンは谷底に自分の子どもを突き落とすという話もある。

今の家庭は甘過ぎる。
それじゃ、子どもは自立できない。
動物として、失格だと思っている。
自立できない子どもたちを育てているとしか、僕には思えない。
親のエゴのためにね。

だから、あえて言わない。

「困ったことがあったらすぐに帰っておいで」なんてことは。

たくさん困ればいい、たくさん嫌な思いをすればいい。
そんな経験が人を成長させると思う。

その時に、君がどう考えるかだ。

他人を羨むもいい。
他人を恨むもいい。
ただ、それが君の薄っぺらな人間性ということになる。

それでいいのか。

苦しい思いをたくさんしてきた人は、その気持ちを優しさに転化できると言う。
辛い思いをたくさんしてきた人は、その気持ちを思いやりに変化させられるとも言う。

さて、君はどう変わるのか、それとも何も変わらないのか。

楽しみにしている。


でも、ほんとに困って、どうにも立ち行かなくなって、
どうにも身動きできなくなって、立ち止まってしまったら、

その時には、帰ってくればいい。

その時には、助けてあげよう、約束する。

ただし、甘いところで帰ってきた時には、すまないが足蹴にさせてもらう。


そして、君たちの生活が安定し、
君たちが本当の意味で自分の足で立つことができた時に、
改めて君たちに言いたい。

「おめでとう!」

心を込めて。


そして、一緒に、楽しいお酒を飲もうじゃないか。

  君の友だちの・はげおやじ・より


  ******


さて、子どもたちはどう成長していくのか。
それとも、地の底まで落ちていくのか。

僕たちには、彼らの未来を見ていく義務がある。
児童福祉法が18歳までしか彼らを守らないとしても。

それが、偶然、彼らと出会った僕らの使命だからだ。
彼らには、守ってくれる人たちがいないのだから。

寮のある仕事を選ばざるを得なかった彼らは、
仕事を辞めると、住むところさえ失ってしまう。

施設にいる間も、僕らの仕事は結構大変、
だが、施設を出た後の方がもっと大変、
これからが、僕たちの本当の仕事の始まりとも言える。

  しっかり頑張れ!陰ながら応援する・はげおやじ・より

2009年3月15日 (日)

電車にて (以前の通信から)


そんなものがあるんです。
話には聞いていましたが、初めて出くわしました。

この前のお休み、電車でぷらぷらと出掛け、ふらぷらと歩いておりました。
なんの当てもなくただ、ぷらぷらとでございます。
もう足も疲れてきたし、近くの駅からまた電車に乗り帰って来たのでありました。

電車に乗り、空いていたので座ったわけでございます。

で、何気なくドアの方を見る。
大きなステッカーが張ってあったのでございます。
見ると、こっちにもあっちにも。

「えっ!? これはやばい!すぐに降りなくちゃ!」

ちょっと焦ったわけでございます。

回りを見回す。
普段と変わらぬ電車の風景。
見間違いか?

ちゃんと男の人もいました、一安心。

ステッカーにはこう書いてありました。

『女性専用車両』

よく見ると始発から9時までとの記載。
よかったです。

それにしても、なんでこんな時間設定なんでしょうか。
朝、仕事に出掛けるときにはみんな急いでいるし、
痴漢なんて会ったら面倒だから、ということでしょうか。

まあ、いいか。

一瞬、ドキッとした、というそんな話でした。


もうひとつ言えば、この電車は『全席優先席』。
よく見るとそんなステッカーもたくさん貼ってありました。

まあ、当たり前と言えば当たり前。
電車のどこの席でもお年寄りや弱者の人たちには席を譲りましょう、
という至極当たり前の話です。
これが当たり前でない時代なんだなあ、って感じでございます。

一部だけ『優先席』になっているバスや電車もたくさんあります。
そっちよりは『全席優先席』の方がいくらかまし、っていう感じもするわけですが、
何か寂しい世の中でございます。

そんなステッカーをいっぱい貼ってないと、
きっと誰も席を譲らないということなんでしょう。

貼ってても譲らないか!?

なんか、世知辛い世の中でございます。

そんな休日。


『女性専用車両』あるんだったら、
『男性専用車両』もあっていいじゃありませんか。

差別でしょ、これは。

・・・・でも、やっぱり女の人もいた方がいいですよね。
男ばっかりじゃ、むさくるしいだけですから。

今日は、そんな電車のお話でした。

ちなみに、この電車は『横浜市営地下鉄』でございます。

  女性専用車両に女装して乗ってみたい・はげおやじ・より

             -俺は変態か?-

2009年3月14日 (土)

ダブルチャンス!!

さて、今日はホワイトデーです。
バレンタインデーのお返しです、知ってますよね。
買って来ましたよ、この前の休みの日、お菓子を、山ほど。
たとえそれが、お菓子屋の商売繁盛キャンペーンだったとしても、
まあ、いいでしょう。

僕は先月、勿論もらいました、チョコレート山積み。
ごめんなさい、嘘です。

でも、施設の女性職員からの義理チョコと
施設の何人かの子どもからの義理チョコをもらいました。
結局、義理なんですけど。

で、いずれにしても、毎年この日は楽しみです。

っていうか、面白い作戦をいろいろ考えるということです。
幼児の女の子から女子高生まで、後は女性職員、
全部で40名ほど公平に。

僕と男性職員3人とで、随分とお金をかけてあげるんですから、
面白いやり方を考えなければいけません。
それが、僕の使命ですから。
みんな、毎年何かを期待してるんだって。

今年は、こんなことを考えました。

『チャンスは2回!!』

要は、くじ引きです。
どれが当たるか分からない。

当たるお菓子は、500円くらいのホワイトデー用にラッピングされたもの。
それと、100均で買ってきた駄菓子各種。
ひとりが2回引けるというわけ。
500円のものと100円のものが当たるようになってるんだけど、
小さい子には、そのからくりはちょっと分からないかな。

だから、買い物がまた大変なんです。
ほとんど全部が違う種類。
当たる種類は多いほど楽しいからね。

そして、それぞれのプレゼントにはこんなメッセージをつけました。

  ******

  HAPPY WHITEDAY!!

ハッピー・ホワイトデーでございます。
おめでたい、これはめでたい。
何がめでたいかと言うと、「お菓子がもらえる日」だから。

バレンタイン・デーにせっかくチョコレートをあげてお返しを待っていたのに、
もらえなくて残念な思いをした人もいるんでしょう、まちぼーけ。
もう、最初からあきらめて、自分でスーパーに行って、
ホワイトデー・コーナーのお菓子を買ってきた人もいるんでしょう、あー気の毒な。
そうでなけりゃ、もう開き直って、
僕たちからのお菓子だけを、待ちに待っていたんでしょう。

あー、悲しい!!それは、寂しすぎる!!

まあ、とにかく泣いていないで、お菓子を食べて元気を出してください。

僕らは、そんな情けないみなさんの味方です。

  はげちゃんと3人の男性職員より 愛を込めて チュッ!!

  ******

今日、僕は休みだから、
夕食後、他の3人がくじを引かせることになっています。

僕は、プレゼントをもらって、
喜ぶ子どもたちの笑顔を想像しています。

それだけで、満足です。

  みんなのホワイトデーおめでとう!お祝いする・はげおやじ・より

2009年3月11日 (水)

ヘンなのかしら (以前の『通信』から)


僕にはしっぽがある。

  ******
    ・
    ・
    ・
わたし どこかへんなのかしら
みんなとちがうみたいだけど
みんなが そういうのだけれど
へんへんへん へーん へんなのかしら

きみにあうために ぼくはうまれてきたんだね
おぇーー(Oh Yea)
いわれたくないけど いわれたい

わたし どこかへんなのかしら
みんなとちがうみたいだけど
みんなが そういうのだけれど
へんへんへん へーん へんなのかしら
    ・
    ・
    ・
〔歌:深津絵里〕

  ******

僕のしっぽは見えるときと見えないときがあるらしい。
恥ずかしいからいっそ切ってしまいましょうか。

やっぱりやめました、それが大切な自分だから。

  ******

頭のいい人がいて頭の悪い人もいる。
障害のある人たちもいる。
僕らの施設にも以前いました。
『療育手帳』を持っている子どもです。
しかし、知的な障害は分かりにくいので差別を受けやすくやっかいです。
見た目には普通の人と変わりませんから。

しかし、もっとやっかいなのは、ボーダーと言われる子どもたちです。
訳すと『境界』でしょうか。

健常者と障害者とは制度上でははっきりと一線で区切られますが、
実際はその境は曖昧で混沌としています。

「僕、勉強全然分からないから、特殊学級に入りたいよ」

普通の子どもだったら、やっぱり特学は恥ずかしいと思いませんか。
テストは0点を取ってくるし。

そんな子どももいます。

以前、そんな卒園生の貯めたお金数百万円を、
全部持っていった卒園生の先輩がいました。

  ******

みんなと違うのは必要です。
同じ人間はふたり要らないからです。
その違いこそがその人の存在価値だからです。
それがその人らしさじゃないでしょうか。

だから、その違いを他の人が認めることが必要です。

たまたま優等生に生まれた人たちが、
たまたま劣等生に生まれた人たちを助けてあげる。

優等生もいずれ、ひとりで立てないお年寄りになることを考えてほしい。
自分がしたように、自分もされる、って考えてほしいよ。

  ******

みんなしっぽが生えているんだよ。
見えるか見えないかだけの違いでね。

  それぞれがそれぞれを大事にしないと、
    そう思う・はげおやじ・より

2009年3月 9日 (月)

お金に支配されないように (以前の『通信』から)


僕は、あんまり物とかお金とかにこだわらないタイプの人間だと思う。
だから、物もお金もあんまり持ちたくない。

現状・・・・・
勿論、離婚した結果の養育費の支払いが大変ということもあるのだが、
寮住まいで、乗り物は原付。
もう23年も働いているのだから、車くらい買おうかとも若干思う。
施設の上から3番目という立場としては、ちょっと情けないとも思う。

でも結局は、家も車もいらない、という考えに行き着く。

たくさんの物を持っていればいるほど、自分自身が自由になれないと思う。

例えば、どうだろう、移動手段。
数年働いた職員はどんどん車の所有者になっている。
うちの施設の副園長は、最近500万円以上もする新車のクラウンを買った。

だからと言って、非難するつもりは毛頭ない。
人は大事にするものが違うのだから、文句は言えない。
くれる人がいたら、僕だってもらう。

いや、維持費が掛かるからやっぱりもらえないか。

新車のクラウンでなくても、
普通は、誰かに自分の車を蹴飛ばされたら怒るだろうなあ。

僕は愛車の原付に、もう5年以上乗っている。
少々疲れてきている。
マフラーが壊れて排気音が大きくなってきた。
言えば、誰かに思いっきり蹴飛ばしてもらいたい、壊れるくらいに。
そしたら、買い換えるきっかけになるからなあ。
乗れるうちは、惜しくて新しい原付さえ買えない。
勿体無いお化け?
この前、近くのバイク屋に聞いたら、
エンジンはまだまだ大丈夫ですよ、って言われたし。


価値観の違いって、大きいなあ。


今日休みで、近くのスーパーに寄った。
そしたら、施設の子どもたち3人がたまたま買い物に来ていた。
年に何回か、こんなふうにばったり会うようなことがある。

「お菓子かなんか、1個づつ買ってやるよ」

「はげさん、いくらまで?」

「そうだなあ、ひとり150円だな」

子どもたちは嬉しそうな笑顔で、チョコレートやらガムやらを選んだ。

「おい、万引きするなよ!!」

何度も万引きで捕まったことのあるその中のひとりに言った。

「大丈夫だって」
にやにやしながら言う。

僕は、そんな子どもたちの笑顔のあるお金の使い方が好きだ。
たかだか450円(150円×3)の話だけどね。


そう言えば、この前、長崎に住む僕の母親からファックスが届いた。
もう、だいぶ歳を取ってきてるから、死が近いことも感じ始めている。
熱心なクリスチャンである僕の母親のファックスには、
こんなことが書いてあった。

この前、教会に行ったら神父さんが言ってたそうだ。

「人生の終わりに残るものは、
『集めたもの』ではなく、『人のために働いたこと』である」って。


確かに、そうかもしれない。

一生懸命に物を集めても、死んだら、結局何にも持っていけないからね。

棺おけに、お金とか集めたものを入れてもらいますか?

  人間、死ぬまで修行だと思う・はげおやじ・より

2009年3月 5日 (木)

再婚します!!

離婚して15年くらい経つ。
女の人はもうこりごり、と思っていた。
来年で下の娘も大学を卒業し、ようやく養育費の支払いも終わる予定だ。
だから、僕にもそろそろ新しい春が来ていいはず。
季節もだんだん暖かくなってきた。


「はげちゃんがだいすき、だいすき、だいすき!」

施設の6歳の女の子がそう言う。

「はげちゃんが、いちばんすき!」

まあ、6歳とは言え、嫌な気分はしない。
その彼女が、今日は小さな折り紙でなにやら折っていた。

「はげちゃん、めがねつくってあげるね」

眼鏡の丸いふちを作り始めた。
はじめに細長く折り、それからそれを丸めてテープで留めた。
しかし、折り紙が小さ過ぎた。
丸はとても眼鏡の大きさにならなかった。

彼女はしばらく考えていた。


「はげちゃん、てをだして」

僕は、彼女の前に左手を出した。

「はげちゃん、これけっこんゆびわ。
あたしがおおきくなったら、はげちゃんとけっこんする」

そう彼女は言い切った。

「いいねえ、僕も大好き。
ただ、後10年経ったら僕は58歳だし、20年後だと68歳だよ。
もう死んじゃってるかも?」

「い・い・の!!はげちゃんがいいんだから」


彼女のその気持ちは、ほんとにありがたい。

彼女は施設に来て1年弱。
家での5年間は、相当辛い思いで生活してきた。

そして、彼女は今、
彼女の短い人生の中で一番幸せな時を過ごしているのだろう。
勿論、彼女にも幸せになる権利がある。
だから、僕は、
これから彼女が幸せをつかむ手伝いをしていきたいと改めて思う。


ただ、施設にはたくさんの女の子がいる。
そうすると僕は施設の女の子みんなと結婚しないといけなくなる。

みんなの結婚相手にはなってあげられない。
みんなのお父さんにもなってあげられない。

子どもたちが求めているのは、「わたしだけを見てほしい」だから、  
みんなを見なければいけない僕は、
それぞれの子どもたちの気持ちには応えられない。

僕にできる範囲の中で、できることをやっていくしかない。
・・・・・仕事としての限界。  


そして、彼女は、僕の指に折り紙の指輪をふたつ、ゆっくりとはめた。

  みんなの幸せを祈るだけの・はげおやじ・より


Rings_2

2009年3月 4日 (水)

弱肉強食 (以前の『通信』から)


僕の家には熱帯魚がいます。


水槽の中に10匹くらいの魚が泳いでいます。
新しい魚を入れるとその力関係が変わります。
今まで威張っていた魚が新しい魚に居場所を奪われたり、
時にはかじられたり。

今日はとうとう一匹がお腹を食いちぎられ死んでしまいました。
おとなしい魚でした。

それぞれの魚はきっと一生懸命生きています。
自分の安心していられる居場所を、
それぞれに確保しなければ生きていけませんから、
自分なりに努力をするのでしょう。

でも、もともと強いものがいて弱いものがいる。
その中で生き抜いていくことは至難の業なのかもしれません。
体が大きくても、追い払われしまう魚もいます。

強いものは強いものなりに悩んでいるのかもしれませんけど。

「みんなで仲良くやっていこうよ」

言うのは簡単だけど、
それぞれがきっとシビアな世界に生きているのでしょう。


人間も同じなのかなあ。
時々思います。
ただ、人間は本能だけで生きているのではないから、
それが人間らしさだと思うから、
なんとかならないかなあ、と思うし、なんとかしたいと思います。

人間関係は難しいです。
仕事自体もそうですが、そのことの方が問題のような気もします。
人間関係がうまくいかないと仕事にも支障を来たします。

時に、新しい魚を入れた時に、
今まで厳しい序列があるように見えていた水槽の中が、
平穏に、みんなが仲良く泳いでいる時があります。

ただ、いつまでもそんな状況が続かないのが難しい現実です。

  そんな仲を取り持つ魚になりたい・はげおやじ・より

2009年3月 2日 (月)

もうすぐ春です!

3月です。

今日はなんともぽかぽかと天気の良い一日でした。
ちょっと風が冷たかったですけど。


横浜にある県立三ッ池公園に行ってきました。

大きな滑り台では、スモックを着た幼稚園児が、
ダンボールをお尻に敷いて、
先生たちも一緒に、大騒ぎで滑っていました。

「わーい、わーい!」


もうひとつある長い長いローラー滑り台では、
ジャージを着たたくさんの小学生が、
滑っては長い階段を駆け上がり、また滑っては長い階段を駆け上がり、
息を切らしながら、何度も何度も滑っていました。

小学生だけでなく、
制服を着て大きなゴミ袋を持った中学生も一緒に滑っていました。

「君たちは、公園の掃除をするために来たんじゃないの?」


しばらく歩くと、階段に座って、
4人のおじいちゃんとおばあちゃんが、
おばあちゃんの三味線に合わせて、歌を歌っていました。
楽譜も持ってきていて、何曲も続けて歌っていました。

お天道様に誘われて、公園にやって来たのでしょう。

僕は、10段くらい上の階段に腰掛けて、
おじいちゃんたちの三味線コンサートにしばらく耳を傾けていました。


で、さっきの滑り台にいたゴミ袋の中学生。
たくさん来てました。
学校のみんなで来ていたのでしょうか。
僕は聞いてみました。

「今日は学校の行事?」

「僕らは近くの中学校の3年生なんですけど、
三ッ池には随分お世話になったから、感謝の気持ちで掃除をしています」

はきはきと答える男の子、いいねえ。

先生たちも一緒に、卒業式を控えて掃除のボランティアだそうです。
良い学校ですね。
みんなまじめにゴミ拾いをしていました(滑り台もやってたけど)。

まじめに掃除しないような人は、たぶん欠席しているのでしょうがね。


それで、ここ三ッ池公園は桜の名所でもあります。
最後に、桜の写真を添付しておきます。
間違いじゃないんです。
何本かの桜だけ満開でした。
この時期に咲く桜の木のようです。

ソメイヨシノが咲く頃に、また来てみないとね。

春が、もうそこまで来ています。

  心までぽかぽかになった・はげおやじ・より


  ★おまけ★

明日3月3日は、僕の48回目の誕生日です。
たいして嬉しくもないけど。

「言葉は要らないから、物をくれ!」

「気持ちも要らないから、金をくれ!」

嘘、嘘です。

そんなことを言ったら、人間を疑われちゃいますね。

僕は、施設の子どもたちの言葉だけで十分です。

「はげちゃん、おめでとう!」ってね。


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