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2013年3月16日 (土)

だから、自分に自信を持って!!

僕が働いている施設の中2の女の子。

今日、市内の福祉作文コンクールの発表審査会があって、
彼女の作文は、応募総数1200の中で、4位に選ばれました。


大きな声では言えませんが、
施設には、こんな優秀な子どもは滅多にいません。


大体、こんな作文は僕には書けないし。


どういうふうに育てればこんな子どもに育つんだろ?
ほんと、不思議です。

どんな状況でも、人は良いように育つということの証明でしょうか。

ちなみに、彼女はこの施設に来て1年です。


僕は、彼女の爪の垢をもらって、煎じて飲ませてもらおう!


それでは、ちょっと長くなりますが、
今日はその作文を紹介します。


Ts3v0338


  **********


  『福祉について思う』

わたしは今、児童養護施設にいます。
わたし達の施設は多くの会社や団体、
人々の善意に支えられて、成り立っています。
それらの支援のおかげで、
わたし達は生活がとても充実したものになっています。
日頃からわたしは、様々な人に感謝をしています。
こうして支えられ、みんなから守られていることに感謝することは、
とても大切なことだと思っています。

しかし、これが本当に福祉というものなのでしょうか。
わたしは違うと思います。

わたしはたまたま家族と暮らしていませんが、
別に普通の子どもとなんの変わりもありません。
ですが、周りの人には「かわいそうだね」などと言われます。

ただ施設だからというそんな理由だけで、
どうしてわたし達は多くの人に同情されるのでしょうか。
わたしは疑問に思います。

かわいそうだから助けてあげる、
たくさんお金があるから寄付してあげる、
大変そうだから手を貸してあげる。

これは一見、助け合いの心を表わし、
福祉の一端を担っているかのように思えます。
しかし、わたしは福祉とは、
わたしのように施設に入っている人も、
障害のある人も、
小さな子どもを連れている人も、
お年寄りの人も、
すべての人がひとりの人として尊敬され、
どの人もみんな平等に普通に暮らせることだと思います。

そのような社会の実現を目指すことが「福祉」だと思うのです。
わたしは、福祉の充実が、物質的な豊かさではなく、
心の豊かな国を作り上げることになるのだと思います。
そのためにはまずひとりひとりが、
考え方を変えていかなければなりません。

わたしが通っている中学校には、
エレベーターもスロープもありません。
もし、わたしが車いすが必要で、体が不自由でも、
わたしが通っている中学校に通いたいと希望したら、
学校側はどうするでしょう。
もし、わたしが体の不自由さを理由に入学を拒まれたら、
とても悲しいし、残念な気持ちになると思います。

建物のバリアは、心にもバリアを作ってしまいます。
その中学校にエレベーターやスロープが設置してあり、
ドアも広く、誰の助けも借りることなく、
車いすでも普通に学校生活が送れるのなら、
わたしはとても嬉しく感じると同時に、
それは当たり前の権利だと思います。

中学校に限らず、身近な公共施設でも、
バリアフリーではない建物はいくつもあります。

わたし達は、車いすの人や、ベビーカーを押している人に不便な、
幅のせまいエレベーターしかついていないショッピングモールに足を運んだ時に、
「これはおかしい」と気付くべきです。
それが、本当の福祉への第一歩だと思います。

まだ時間はかかるかもしれませんが、
すべての建物がバリアフリーになり、
心のバリアもフリーになって、いつの日かすべての人が、
快適に日々を過ごせるようになるといいと思います。


  **********


いかがだったでしょうか?


  中学生でそんなことを考えてること自体が、
             信じられない・はげおやじ・より


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